シャンシャンの中国への渡航について
【2022/11/25】
2017年に上野動物園で生まれたジャイアントパンダ「シャンシャン」(香香、メス、5歳)が中国に渡ることになりました(返還のお知らせはこちら)。渡航の時期は、2月中旬から3月上旬で詳細はまだ決まっていません。
中国に渡ったあとのシャンシャンですが、具体的な飼育場所やどのような保全プログラムに参加するかの情報は得られていません。しかし、中国では飼育されているジャイアントパンダについて詳細なデータを集め、育成プログラム沿った個体管理をおこなっています。シャンシャンもその対象の一個体として位置づけられており、中国に渡ったあとも適性を見ながら繁殖をめざすことになると思います。相性のいいパートナーと出会うことを期待しています。
シャンシャン
(撮影日:2022年11月21日)
野生のジャイアントパンダの生息数は、2015年の発表では1,864頭が確認されています。動物園などで飼育されているジャイアントパンダは約600頭で、その8割以上は中国国内で飼育され、中国以外では世界23の国や地域で約80頭が飼育されています。世界各国が協力してジャイアントパンダの飼育繁殖に取り組んでいますが、ジャイアントパンダは本当に不思議な動物で、未解明なことが多い動物です。特に繁殖様式は複雑で、メスの発情は年に一度、かつ交尾可能なのは数日間ととても短い点や、雌雄の相性が重要なこと、「偽妊娠」と呼ばれる現象があること、新生児の体重が150g程度ととても小さく誕生すること、母親は通常は1頭しか育てないこと、性成熟に達するまでに5年くらいかかることなど、個体数を増加させることが容易でない動物種です。
ジャイアントパンダの本来の生息地は、中国四川省や陝西省の山岳地域にありました。生息地は開発などで分断され小さくなり、生息数だけでなく遺伝的多様性にも大きな影響を及ぼしています。また、ジャイアントパンダの主食のタケは一斉開花後に枯死することがあり、食をタケに依存するジャイアントパンダの生息数の増減にはタケの一斉開花が関係しているとも言われています。さらに近年、ジャイアントパンダの生息地の近くに人が住むようになり、飼い犬から犬ジステンパーに感染して死ぬ個体も発見されています。生息地の開発、気候変動、感染症の侵入など、ジャイアントパンダは依然として絶滅の危機にあります。
これまでの研究の成果や飼育経験を活用して、近年では個体数が増加傾向にあります。飼育下にあるすべてのジャイアントパンダは国際的に血統管理がされており、人口統計の解析ソフトによって遺伝的多様性を調べることができます。血統管理と解析ソフトの利用により、100年後にも遺伝子多様度を95%以上確保することをめざして、より適切なペアの組み合わせを調べることができます。しかし、実際には、雌雄の相性などは個体の性格や生育環境などによって異なるため、人間の思うとおりには行きません。そこで実施されるのが人工授精ですが、人工授精には麻酔処置が必要で、自然交配に比べて受胎率は高くないとされています。最近では中国国内の繁殖の多くが自然交配によるものだと聞いています。これは、飼育下個体数がある程度確保できたことの成果のひとつだと思います。
私たちは2017年にシャンシャンが誕生してから、ずっと成長を見守ってきました。シャンシャンは健康で、これまでに病気ひとつしたことはありません。時々やんちゃなことはあっても、穏やかな性格のパンダだと思います。今思えば、もっと自由に木に登らせてあげたかったとか、たくさんの種類のタケを給餌できればよかったとか、反省点もあります。それでも、飼育担当がさまざまな遊具を工夫し、動物園という限られた環境をできるだけ多様にしてシャンシャンがさまざまな経験ができるよう努めてきました。そうして繁殖適齢期まで成長したシャンシャンを中国に渡らせることは、今後のジャイアントパンダ保護研究プロジェクトを進めるうえでとても重要です。
とはいえ、そのことをわかってはいてもやはり、別れはさびしいものです。
〔上野動物園長 福田豊〕
(2022年11月25日)